雪の畑に残ったクマの足跡|農作業中に遭わない10の対策と出会った時の行動【東北・山形の農家が解説】

ツキノワグマの鋭い爪イラストを背景に『雪の畑に残ったクマの足跡』のタイトル おすすめ道具
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昨年の12月、自分の畑のすぐそばの雪道に、クマのものと思われる大きな足跡が残っているのを見つけました。

その前の11月、夜10時ごろに谷の方から聞こえてきたのは、母とはぐれたと思われる子グマの鳴き声でした。けたたましく泣き叫ぶような声で、生まれて初めて耳にした鳴き方です。あまりの不気味さに、とっさにスマホで録音しました。

この地区で把握できるだけでも、ここ数年で処分されたクマは60頭以上。近所では目撃情報が相次ぎ、クマはもう「山の中だけの話」ではなくなりました

この記事では、山形県庄内で稲作の傍ら家庭菜園を続けている筆者が、農作業中にクマと出会わないために日々実践している10の対策と、万が一出会ってしまった時の距離別の行動を、順を追ってまとめます。

クマの基本を知っておく

本州の山はほぼ全域がツキノワグマの生息域

日本に生息しているクマは2種類です。北海道はヒグマ、本州・四国はツキノワグマ。九州では20世紀後半に絶滅したとされています。東北6県はいずれもツキノワグマの主な生息域で、山形も例外ではありません。

クマの怖さは、遠くから見ているときには伝わりません。前肢には長さ4〜5cmの鋭い爪が並び、ひと振りで木の幹に深い傷をつけます。

ツキノワグマの鋭く長い爪。岩を削り取るほどの力を持つ
図:ツキノワグマの前肢の爪。ひと振りで樹皮を裂き、岩にも傷を残す強さです

この爪と嗅覚・脚力を合わせ持つ相手と正面からやり合うのは、現実的ではありません。対策の基本がすべて「出会わない工夫」になる理由が、このスペックにあります。

時速50km・嗅覚は犬の10倍・体重100kg

スペックだけ並べると、かなり手強い相手です。

ツキノワグマの基本スペック(成獣オスの目安)走る速さクマ 50 km/h人(速い人)25 km/h走って逃げるのは不可能嗅覚の鋭さ人(基準)クマ = 犬のさらに10倍(人の数千倍)食べ物の匂いは遠くから届く体重人(70kg)クマ(100kg前後、大型は150kg超)力は人の数倍
図1:ツキノワグマの基本スペック。走力・嗅覚・体格いずれも人を大きく上回る

特に嗅覚は、畑の残り野菜や米ぬかの匂いを数百m離れた場所から嗅ぎつけます。食べ物の管理がそのまま対策の柱になる、という現実が、このスペックから見えてきます。

雑食で、一日に体重の5%を食べる

ツキノワグマは雑食で、植物性の食べ物が7〜8割を占めます。ドングリ・栗・ブナの実・リンゴ・ブドウ・若芽などが好物で、畑の残り野菜や米ぬか、家庭から出た生ゴミも強く誘引します。

体重の5%、100kgのクマで1日5kgを食べる計算です。とくに冬眠前の秋は、この量がさらに増えます。

なぜ今年も出没が続くのか

クマの年間活動サイクル

クマの行動は季節でガラッと変わります。冬眠明けの春と、冬眠前の秋が、特に人との接触が増える時期です。

ツキノワグマの年間活動サイクルと人身被害の目安123456789101112冬眠(通常)冬眠活動期(エサ探し・行動範囲が広い)繁殖・交尾期(5〜7月)子育て期(母グマは特に警戒心が強い)過食期(秋・ハイパーファジア)人身被害(月別傾向)10月ピーク冬眠繁殖期子育て期秋の過食期(要警戒)
図2:クマの年間活動サイクル。秋の過食期(9〜11月)は人身被害が年間のピーク

特に注意したいのが、秋の過食期(ハイパーファジア)と呼ばれる状態です。冬眠に備え、クマが1日中食べ続ける時期で、行動範囲も広がります。環境省の発表によれば、2023年度の人身被害は全国で219件・死者6名と過去最多。その半数近くが10月に集中しています。

冬だからといって安全ではありません。筆者の畑の足跡を見つけたのは12月です。食料が豊富な年は冬眠せずに歩き回る「穴持たず」と呼ばれる個体もいます。

遭遇リスクが高い時間帯

クマは基本的に昼夜を問わず活動しますが、視界が悪くなる早朝と夕方に最も活発に動きます。朝夕は人間の視界も悪いため、ダブルで危険が上がります。

時間帯別・遭遇リスクの目安(24時間)024681012141618202224早朝4〜7時・ピーク夕方16〜19時・ピークやや高低(日中)深夜
図3:時間帯別の遭遇リスク。早朝と夕方の「薄暗い時間帯」が最も危ない

出会わないための10の対策

ここからが本題です。筆者が実際に毎日やっている対策を、大事な順に10個あげます。

出会わないための5つの鉄則(特に重要)1時間帯朝夕を避け日中のみ作業2ラジオを大音量で3視界畑周りの草刈り4エサ残り野菜・米ぬかを置かない5単独回避複数人・声かけ合う
図4:出会わないための5つの鉄則。どれか1つでなく、重ねることで効く

STEP1|畑に出る前に周囲を確認する

筆者は玄関と裏の勝手口の両方に防犯カメラを付けています。外に出る前にスマホで画面を確認し、家の周りに動くものがないかをチェックしてから作業に向かいます。死角を減らすのが目的で、人感センサー付きのライトも併用しています。

STEP2|早朝・夕方の畑作業をしない

朝夕の薄暗い時間はクマの活動のピークで、こちらの視界も悪くなります。「もう少しだけ」と無理せず、作業は日中の明るい時間帯に限定します。夏場は朝5時から動きたい誘惑に駆られますが、その時間帯こそ危険です。

STEP3|畑へはラジオを大音量で流して行く

クマ鈴だけに頼らないことをすすめます。鈴は立ち止まって作業している時に音が鳴りません。筆者はポケットラジオをフルボリュームにして、畑の到着前から流しっぱなしにしています。大事なのは「人がいる」と気づかせることなので、トーク番組が効果的です。

鈴よりラジオを推す理由:鈴は体を動かさないと鳴らない/音域が狭く周囲にかき消されやすい/作業中に止まっている時間が長い、の3点です。

STEP4|畑の周りの草刈りを欠かさない

背の高い雑草や放棄地は、クマにとって絶好の隠れ場所です。畑の縁、農道沿い、用水路脇は、定期的に草を刈って見通しを確保します。自分の視界と同時に、相手にとっての「身を隠せる場所」を減らすのが目的です。

STEP5|収穫残渣・米ぬか・肥料を畑に放置しない

クマは嗅覚が犬の10倍で、記憶力も優れています。一度エサがあった場所は覚えられます。作業後に残しがちなものは、すぐ持ち帰るか埋めるかします。

  • 収穫後の野菜くず(腐りかけのキュウリやナス)
  • 放置された作物(落ちた果実・トウモロコシの芯)
  • 米ぬか・油粕などの有機肥料(強い匂い)
  • 家庭から出たコンポスト(屋外に置かない)

STEP6|果樹・はちみつ・養蜂は特に厳重に管理

甘いものと蜂蜜は、クマにとっての最上級の誘引物です。庭に柿やリンゴの木がある家庭では、熟す前に収穫するか、電気柵で囲うのが現実的です。落下した実も、その日のうちに拾って処分します。

STEP7|単独行動を避け、声をかけ合って作業する

可能なら2人以上で畑に入り、作業中も時々声をかけ合います。離れた位置で黙々と作業していると、双方がクマに気づかないまま距離が縮まる危険があります。

STEP8|家の周りの生ゴミ・ペットフードを屋外に置かない

これは畑というより家の側の話ですが、山際の家庭で最も多い誘引原因です。生ゴミのポリ袋、犬や猫のエサ皿、バーベキューの残り、屋外のコンポスト。密閉できる金属容器に入れ、家の中で保管します。

STEP9|目撃情報・自治体の出没マップを毎日チェック

山形県や市町村のホームページで、最新のクマ出没情報が日々更新されています。SNSで地域の情報共有グループがあれば入っておき、出勤前・畑作業前に目を通す習慣をつけます。

STEP10|クマ撃退スプレーを携行する

最後の備えです。一度使うと射程5〜10m、噴射時間は5秒前後の製品が一般的です。ウエストポーチなど、利き手ですぐ抜ける位置に装着します。車の中・納屋ではなく、必ず身につけて持ち歩くのが鉄則です。

クマ撃退スプレー選びの目安

  • カプサイシン濃度:2.0%前後(国内販売品の上限)
  • 射程:5〜10m
  • 噴射時間:5〜7秒
  • 使用期限:製造から3〜4年(期限切れは噴射圧が落ちる)
  • 常温保管(車内放置は破裂の恐れ)

それでも出会ってしまったら

対策を重ねても、遭遇の可能性をゼロにはできません。出会った時に最も大事なのは、距離に応じた冷静な行動です。

距離別・クマ遭遇時の対応フロー100m以上まだ気づかれていない静かにその場を離れる風下に回らない騒いで刺激しない★最善のシナリオ30〜100m目が合った可能性目を離さず後退走らない・叫ばない低い声で話しかける★脅かさないのが鍵10〜30m近距離・緊迫スプレーを手に取るゆっくり後ずさり背を向けない★突進の構えに注意接触・襲撃最終手段地面にうつ伏せ両手で首の後ろを守るバックパックは背負ったまま★急所を徹底して守る※ いずれの距離でも「走って逃げる」「死んだふり」「木に登る」は危険
図5:距離別のクマ遭遇時の対応フロー。距離が近いほど、落ち着いて最小限の動きを

絶対にやってはいけない3つの行動

  • 走って逃げる:時速50kmで追いかけられ、背後から襲われます
  • 死んだふり:ツキノワグマは好奇心で近寄ったり噛んだりしてきます。意味がありません
  • 木に登る:ツキノワグマは木登りが得意。追い詰められる結果になります

子グマを見たら、母グマが近くにいる

春から夏にかけて、単独で歩いている子グマを見かけることがあります。かわいそう、助けたい、と近づくのは厳禁です。母グマは必ず近くにいて、子どもを守るために激しく攻撃してきます。人身被害の多くが、この「子連れ母グマ」との遭遇で起きています。

クマ撃退スプレーの使い方

クマが10m以内に近づいたら、スプレーを構えます。クマの顔(目と鼻)を狙い、2〜3秒噴射。風下からの噴射は、自分に返ってくるので注意します。噴射後はクマが怯んだ隙に、ゆっくり後退します。

筆者が実際に体験したこと

昨冬12月、畑のすぐそばの雪道にクマの足跡

昨年の12月、雪が積もった翌朝に畑の様子を見に行くと、畑の縁の農道に大きな足跡が点々と続いていました。人の掌より大きく、爪の跡まではっきり残っていました。

雪道に残されたクマの足跡。畑のすぐ脇の農道で発見
写真:畑の脇の雪道で見つけた足跡。爪の跡まではっきり残っていました
もう一箇所で見つけた足跡。複数の個体が行動している可能性
写真:別の地点でも確認した足跡。同じ個体か複数か、判別は難しい

冬眠しているはずの時期なのに歩き回っている。食料が足りていないのか、温暖化で冬眠に入り損ねた個体なのか、理由は分かりませんが、冬も油断できないことを実感させられました。

11月夜10時、谷中に響いた子グマの鳴き声

その前の11月、夜10時ごろ、家の裏の谷の方からけたたましく泣き叫ぶような鳴き声が聞こえてきました。犬でも猫でもない、子どもの泣き声に似ているけれど明らかに違う、聞いたことのない声でした。

あとから調べたところ、母からはぐれた子グマの鳴き声に特徴が一致しました。とっさにスマホで録音したのは、近所や役場に知らせるための証拠のつもりでした。翌朝、集落で話題になり、数日後に別の場所で目撃情報が上がりました。

「子グマの声がしたら母グマが近くにいる」は、里山の鉄則です。夜の外出・見回りは、絶対に単独で行わないでください。

覚えておきたいキーワード

ハイパーファジア(秋の過食期)

冬眠前の9〜11月、クマが1日中食べ続ける状態になる期間を指します。行動範囲が普段の数倍に広がり、里へ下りる個体が急増します。人身被害の半数がこの時期に集中します。

アーバンベア(市街地に現れるクマ)

山から里へ、さらに住宅地や市街地まで進出するクマを指す近年の用語です。人慣れしている分、逃げない・怖がらない傾向があり、従来のクマ対策が通用しないケースが報告されています。

穴持たず(冬眠しないクマ)

食料が豊富にある年や、親とはぐれた若いクマは、冬眠せずに越冬することがあります。筆者が12月に足跡を見たのも、この穴持たずの可能性があります。

まとめ|今年も「出る前提」で動く

どれほど気をつけても、遭遇の確率をゼロにはできません。出るかもしれない、ではなく、出る前提で農作業のやり方を組み立てるのが、東北の農家の今のスタンダードです。

3つの合言葉

  • を出す(ラジオ大音量、鈴だけに頼らない)
  • 時間を選ぶ(朝夕を避け、日中のみ作業)
  • エサを残さない(残渣・米ぬか・生ゴミを屋外に置かない)

地味な対策ですが、これを重ねることで確実にリスクは下がります。家族の命を守る工夫として、今年も一つずつ続けていきます。

出典・参考:環境省「クマ類による人身被害等の状況について」/林野庁「クマに出会わないために」/山形県「クマの出没情報」

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